2006年08月17日

無形化世界の力学と戦略

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無形化世界の力学と戦略
上下 1997年 長沼伸一郎著

「知的冒険の書」

この本の内容は、

経済を陸軍に
マスコミを空軍に
大学を海軍に

それぞれ軍事力換算して、一見、平和な世界の背後で行われている不可視の(無形化世界の)戦争状態を可視化するという
とんでもない試みです。
そして、浮かび上がる世界は表面的な国際問題の議論「アメリカが」「中国が」「ロシアが」...では見えなかった別の姿をあらわします。

中国型 (世界統一型)=> アメリカ、中国
ヨーロッパ型(勢力均衡型) => ヨーロッパ、イスラム、日本

1997年の段階でよくぞここまで見切ったものです。

なにより得たものは「ああ、こんなに世界を自由に考えていいんだ。」という安堵感でした。
そして、内容の細かい点(マスコミCMや投資資金の軍事力換算の手法など)を追求する読み方よりも、これを読んで自分の中に触発される、世界に関する新たな知見と、そこから得られる今後「この世界でどう生きるべきか。」に関するヒントのほうがあまりにも価値がありました。

その中で自分にとって最大のものは、
「物事を成し遂げるための一勝負は20年程度のスケール。大抵の人間は一生に1回、運のいい人で2回しかチャンスは無い。ところが、マスコミが何かにスポットをあてて、物語を消費してしまうスケールはせいぜい10分の1の2年程度。現在の世の中で何かを成し遂げたいものは残りの18年という時間を、何者も当てにしないで遂行するだけの意思の力を持ち続け無い限り成り立たない。」
「そっか、あきらめるのが10倍早すぎるのだ。」
「普通に生きていると、事が成就するまでの期間を見積もる感性が日々のマスコミ情報で攪乱されてしまうのだ。」
ということでした。

さらに。

日本の針路というとき経済問題ばかりにスポットが当たることは、
陸軍のみの勝ち負けばかりに矮小化したものに話がすり代わっていることとなる。
マスコミの圧倒的な強さ、それは正に空爆として可視化される。
実は既に行政権力ですら逆らえない程の力の差が存在している。

おとなしく降伏しない選択をとった場合
対抗手段として、何故「ゲリラ」が成立しないのか?
そのような世界でサバイバルするための別の方法はなにか?
潜水艦?
そのために必要な時間と人員はどの程度のスケールか?
世界が行き着く大きな可能性「コラプサー」とは?
日本は何をすべきか?

などなど、見る人が見ればヨダレの出そうな内容です。


理解を助けるのに背景として必要となるものを挙げると「幕末日本」「軍事史」「西欧史」などなど。特に戦後の平和教育で穴が開いてしまっているジャンルの知識が必要なようで。初版の刊行から既に10年近く経過しているのですが未だにこれはいったい何だろうと楽しめているのでした。

おそらくこの本を元ネタにすれば、社会でもビジネスでも数十冊「通俗本」が書けるのじゃないかと思います。

link:パスファインダー物理学チーム
無形化世界の分析はさらに深化しているようです。
posted by ketaru at 12:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ブックレビュー
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